先日、古いものを整理していたら、こんなものが出てきました。
1991年のものです。

今から35年ほど前。
私にとって、純粋に趣味でダイビングを楽しんでいた頃のメモです。
当時、あるダイビング施設でダイビングをしたことがきっかけで、
「プロまで育ててやるから、うちのスタッフにならないか」
と声を掛けてもらいました。
まだまだダイビングはアマチュア感覚。
「ダイビングが好き」
「海が好き」
そんな気持ちで潜っていた頃です。
まだ私は学生でアルバイトでの職業経験くらいはありましたが、このことで初めて「プロ」というものを意識するきっかけになりました。
そして、その初日。
ある先輩と飲みながら、いろいろな話を聞かせてもらいました。
その時に、先輩と飲みながら書いていたものが、このメモです。
今、改めて見返してみると……
まあ、いろいろ書いてあります(笑)。
え?何が書いているか分からないって?
確かに、ただのメモではありますが、このメモを見ると、当時の先輩から聞いた話の内容は、とてもよく思い出されます。
当時の自分からすると、覚えることも、やることも、本当にたくさんありました。
でも、
「そんなことまで考えないといけないのか」
とか、
「そこまでやるのか」
という感じではありませんでした。
むしろ、
「なるほど……」
ということばかりだったことを覚えています。
何しろ、目の前にいるのは、すでにプロとして活動している経験豊富な先輩です。
器材のこと。
水中でのこと。
ダイバーへの対応。
ダイビングの考え方。
一つひとつ説明してもらうと、
「そういうことか」
「確かに、そのほうがいい」
「なるほど、そういう意味なんだ」
と、納得できることばかり。
ただ、
「覚えること、やること、いっぱいあるなぁ……」
とは思っていました…(笑)。
何も知らない若造でしたから。
35年経っても、なぜか捨てられなかったメモ
その後、私は何度も引っ越しました。
ライフスタイルも様々変化してきました。
その間に、たくさんのものを処分してきました。
それなのに、このメモは残っていました。
しかも、1991年のものとは思えないくらい、今でもきれいな状態です。
考えてみると、ちょっと不思議です。
ただ、その日に先輩と飲みながら話したことを書いた、走り書きのメモです。
特別な書類でもありません。
誰かに見せるために書いたものでもありません。
それでも、35年以上経った今まで手元に残っている。
きっと当時の自分なりに、
「これは何か大切なことを教えてもらっている」
と感じていたのだと思います。
だから、捨てられなかった。
そんな気がします。
「あの時言われたこと」が、後になって分かる
その先輩は、もう亡くなっています。
今となっては、あの時のお礼を直接伝えることもできません。
でも、あの日のことは、今でもかなりよく覚えています。
そして、35年以上この世界でやってきた今になって思うことがあります。
当時はただ、
「なるほど」
と思って聞いていたこと。
その後、自分自身が経験を積んでいく中で、
「ああ、あの時先輩が言っていたのは、こういうことだったのか」
と思うことが、何度もありました。
もしかしたら…先輩自身は、そんなに奥深いことまで考えていたわけではなかったのかもしれません(笑)。
でも、その時に教えてもらったことが、感覚として私の中に残っていた。
そして、その後、自分自身が様々な経験をしていく中で、同じような感覚が芽生えたことで、当時は言葉になっていなかった何かが、パッとはじけるように理解できた。
そんなことが、いくつかあります。
その時には何となくだったことが、何年も経ってからつながってくる。
そういうことって、結構あるんですよね。
きっと私が素直だったから、様々な学びにつながったに違いありません……(笑)。
ただ、本当にそうなのだと思います。
もし、何かに対して「そんなのは違う」と拒否していたら、先輩もその先の話まではしてくれなかったでしょうし、私自身も、当時は理解できなかった大切なことを吸収し損ねていたかもしれません。
今思えば、あの日に教えてもらったのは、単なるダイビングの技術や知識だけではなかったのだと思います。
自分自身がプロになるということ。
誰かにカバーしてもらうでなく、自身で責任をもって歩んでいくということ。
そのためには、自分自身がどうあるべきなのか。
そういうことを、先輩自身の経験を通して教えてくれていたのだと思います。
そこにあったのは、厳しさだけではなく
もちろん、教えてもらった内容の中には、当時の自分には厳しく感じたものもありました。
でも、今振り返ると、その厳しさが嫌だったという記憶はありません。
むしろ、
「この人は、自分にちゃんと教えてくれているんだな」
という感覚のほうが残っています。
未熟な若造だった私に対して、経験してきたことを惜しみなく教えてくれた。
そこには、先輩なりの愛情のようなものがあったのだと思います。
もちろん、当時の私はそんなことまで分かっていたわけではありません。
ただ、先輩の話を聞いて、
「なるほど」
と思っていただけ。
でも、その「なるほど」の積み重ねが、その後の自分の中に少しずつ残っていったのかもしれません。
自分も、そんな先輩でありたい
ダイビングの世界にそれなりに長くいると、本当にいろいろなことがあります。
嬉しいこともあります。
楽しいこともあります。
思い通りにならないこともあります。
そんな時、ふと、あの先輩のことを思い出します。
そして、同じように、様々なことを教えてくださった、愛情をもって接してくださった先輩たちのことも思い出します。
そして、
「自分も、そんな先輩でありたいなぁ」
と思います。
その人が何年も、何十年も経ってから振り返った時に、
「あの時、あの人に言われたことが、今の自分につながっている」
と思ってもらえるような。
そんな先輩になれたらいいな、と。
また、同時に、どのような人であれば教えを生かせるのか、そして、どのような人には教えてもなかなか伝わらないのか。
そういうことも、ある程度は見えるようになった気がします。
それも、そういった先輩方のおかげなのだと思います。
1991年。
まだ何も分かっていなかった若造だった自分。
その時に書いた、ただの走り書き。
でも、35年以上経った今も、こうして手元に残っています。
たぶん、偶然ではないのでしょう。
あの日、あの先輩からもらったものが、今の自分の中にまだ残っている。
だから、このメモも残っていたのかもしれません。
そして、そんなことを考えながらこのメモを眺めていると……
「自分も、まだまだだなぁ」
と思います。
35年以上この道を歩いてきても、
やっても、やっても。
いつまで経っても、未熟さはなかなか抜けません(笑)。
でも、まだまだ未熟だからこそ、学ぶことがある。
そう思えると、そこからの成長が楽しみになります。
そして、自分が先輩から教えてもらったものを、今度は次の誰かに伝えていく。
そうやって、受け取ったものが少しずつ次の世代へ渡っていくのも、この仕事の面白さなのかもしれません。
1991年の先輩から、自分へ。
そして今度は、
自分から、次の誰かへ。





