
「どんな人が育つのか?」
この問いに、指導者として本気で人を育ててきた人なら、ほぼ例外なく「素直な人」と答えるはずです。
理由はシンプルです…
素直でない人には、そもそも教える気にならないからです。
学ぶ姿勢を見せていても、実際には指導を受け取れていない。これでは成長の土台に立つことさえできません。
「素直さは最大の知恵である。」
— ゲーテ
素直さには「タイミング」がある
私は、投資、ビジネス、そしてスキューバダイビングの指導をしていますが、いずれの分野においても同じです…
素直であるというのは、ただ内容を受け入れることだけではありません。
むしろ重要なのは「タイミング」です。
跳び箱で踏み切る瞬間は、その一瞬しかありません。助走が遅れても、踏み切りがずれても、もう跳ぶことはできない…
学びも同じです。
「理解してから動こう」と考える人は、すでにワンテンポ遅れています。その時点で、学ぶ価値を大きく失っているのです。
「若き日に学ばざれば、壮にして何をか成さん。」
— 二宮尊徳
「学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し。」
— 孔子
言葉を変えると、本質を失う
また、指導を「自分なりの言葉」に置き換えて理解しようとする人もいます。
しかし、指導者は膨大な選択肢の中から最も適切と思える言葉を選んでいます。その言葉を勝手に変えてしまえば、ニュアンスや意味はもちろん、未来へのつながりまでもが切り落とされてしまうのです。
「人の意見を容れるは、智の本なり。」
— 徳川家康
成功の確率を決めるのは…
結局のところ、指導者の助言を素直に受け入れられない人の成功の可能性は、素直な人よりも低くなります。
そして重要なのは、「素直になろう」と努力し始めた人は、「もともと素直な人」以上の努力を要するという事実です。最初から素直である人との差は、思っている以上に大きいのです。
「心を開く者だけが、教えを受け取ることができる。」
— 仏陀
「最も賢い人間とは、すべての人から学ぶ者である。」
— ソクラテス
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。」
— 日本のことわざ
つまり──
素直さを持たない人は、学びの世界においては、はっきり言って論外なのです。
学びや成長において、能力やセンスよりもまず「素直さ」。
これはどんな分野でも変わらない、「普遍の原則」でしょう。
「謙虚は知恵の始まりである。」
— ソクラテス
「柔よく剛を制す。」
— 『老子』





